『李歐』読了

李歐 (講談社文庫)『わが手に拳銃を』を下敷きに、完全改稿小説として文庫化された『李歐』を読み終えました。以下ネタバレなので隠します。

しつこいほどの拳銃の描写や裏社会のしがらみはひっそりと影を潜め、その代わり登場人物間の相関図が掘り下げられた。んー…。なんというか、できればノーコメントというか(笑)『わが手に拳銃を』を読んだ直後だっただけに、あまりのギャップの大きさについていけなかったというのが本音。

あえて言うなら一彰の小悪魔っぷりでしょうか。この年上キラー!!男も女も一彰にメロメロじゃないですか。どいつもこいつも「カズくん」「カズさん」って、おいおい。

原口と一彰は体関係あるし。『わが手に…』を読んでいないと、原口のいい男っぷりがわかりにくいかもしれない。『李歐』の原口は単なる無茶ばかりする男みたいで描写が軽い。しかも500人の組員を抱える組長なのに一彰と二人だけで島に行っちゃったりするのは、いくらなんでも…。まあ、青春小説だからそんなとこ気にする必要はないのか。ていうか島で二人で何してんだ。カズくんや。妻子を持った後も続けてるんか、原口との関係。

女性関係でいえば、敦子がすっかり影をひそめ、代わりに咲子の存在が大きくなった。けど、あんな色気のないぱんつを見せられて欲情するな、一彰よ。それにしても敦子といい咲子といい、房子といい、一彰は年上が好きだな。ここに意味を見出そうとしたけど、無理だった。『わが手に…』では母親への思いが募って…ということも考えられたけど、『李歐』ではそういう理由が成り立たない。単に一彰が年上の女に手なづけられるのが好きっていう感じ。私が読んだもの限定だけど、高村作品の男性は大概年上の女性がお好きなご様子。しかしカズくんは相当なテクニシャンですな…。女はみんなカズの手テクにうっとりです。きっと原口にしこまれたに違いありません。

肝心の李歐との関係については、一目ぼれの一言に尽きます。一目ぼれって、あとをひくのよね…。会話をしたでもない、本当にただ「見た」だけなのに。自分の体験からゆっても。網膜に焼き付いてしまった、惚れた相手の行動って忘れないもの。だから一彰と李歐が互いに15年も想いつづけあった、というのは理解できる。でもそれだけかな…。残念ながら。

『李歐』を読んでいてずっと頭から離れなかったことがひとつ。高村薫は、森川久美の『南京路に花吹雪』を読んだことがあるのかも、ということ。どうも李歐と一彰の描写が『南京路』の黄子満と本郷に重なって仕方ない。『わが手…』を読んだときから私の頭の中では、「李歐=黄」のイメージだったけれど、『李歐』を読んだらこの図式が決定的になってしまった。

黄子満:
日本陸軍将校の父と清王朝の末裔である中国人の母の間に生まれた。サラサラの髪、大きな目、端正な顔立ちをしている。10歳ごろまで日本で生活。家は世田谷。父親の友人と、母の間に、会話も交わさないロマンスあり。母が亡くなってからは家を飛び出し、中国へ。中国で路上生活を送り、殺し屋のかたわら、京劇の女役などもやっていた。銃を使わせたら天下一品。本郷と出会ってなんとなく離れられなくなるも、マルセルのようなフランス人の女性に恋をしてみたり。日本軍と中国の二重スパイになってみたり。最後は本郷を助けるために身を投げ出す。

李歐:
英国籍中国人の両親のもとに東京で生まれる。絶世の美男子。6歳ごろまで日本で生活。父母とともに中国へ戻るが、文革で父母を失ってからは共産党幹部の家に養子に出される。その養子先を飛び出し、命からがら香港へ。一緒に逃げた男が舞踊をやっていたため、李歐も京劇の舞踊を覚え、舞台に立っていたこともある。逃亡生活で覚えた拳銃の腕を買われ、北京のスパイというかギャングになる。日本で一彰と出会い、互いに一目ぼれ。ともに密輸された銃を盗み、忘れられない関係に。フィリピンのジャングルで政治運動に関わるも生還。世界を股にかけ、スパイ、ギャング、ビジネスマンの3つの顔を持った。インドネシア人の女性と子供を設けるが、妻子は殺されてしまう。一彰との約束を果たすため、無茶をする。


どうです。似てるでしょ?『わが手に…』は未来があるのに切ないラストで『南京路に花吹雪』っぽかった。『李歐』は未来への希望に満ち満ちたラストだったのでちょっと趣はちがったけど。ああ、そうそう、これも共通してる。黄は逃亡生活の最中にとある人物から「中国の大地に戻りなさい。畑を耕し、ひとりの中国人として生きなさい」って言われるんですよ。で、李歐も最後は中国の大地へと戻っていく。こんなとこまで似てるんですよ。

というわけで、原口とか原口とか原口とか黄とか黄とか黄とか、雑念が入りすぎた読了となりました。感想になってない…な。