Jeff Buckley

■CD:Grace
■ミュージシャン:Jeff Buckley

久しぶりにJeff BuckleyのCDを聴いている。97年に33歳の若さで溺死した孤高のミュージシャンだった。

彼のリリースしたフルレングスのCDは「Grace」の1枚のみ、他はEPと、彼の死後に彼の母親によってリリースされたセカンドアルバムのデモとLive CDだけ。

彼のデビューした94年当時はグランジオルタナティブの中心だった最後の時期で、Jeffのように朗々と歌い上げるスタイルのミュージシャンはとても稀少な存在だった。

MTVで1度だけ見ただけ、Heavy Rotationにも入っていなかったけれど、彼の「Grace」という曲は強烈なインパクトで私を圧倒し、私はその日のうちに彼のCDを買った。今持っている「Grace」は3代目。磨耗するはずのないCDを、私はどこにでも持ち歩き、2枚をダメにしてしまった。3枚目も音がところどころ飛ぶようになった。そろそろ4枚目を買うべきか迷っている。

Jeff Buckleyは朗々と歌う、という言葉がまさにぴったりのミュージシャンで、私はJeff Buckleyでアコースティックに目覚めたと言っていい。それまではハウスだ、テクノだ、トランスだの、グランジはもちろん、モッシュピットに自ら突っ込んでいくようなオルタナティブパンクロックばかり聴いていたので、Jeffに転んだ私を、当時の彼氏は不思議そうな顔で見ていたものだった。彼も私と同じような音楽ばかり聴いていたけれど、私がよくJeffのCDを聴いているうちに彼もJeffのファンになった。私たちはパンクロック好きだったわりに、The Smithsも大好きだったので、多分Jeffはそういう辺りをグイグイつついてきたのかもしれない。

97年、「泳ぐのは自殺行為」と言われているミシシッピー川でJeffは溺死。レコーディングでメンフィスにいた彼は、ある夜「ちょっと」と言ってミシシッピー川に泳ぎだし、行方不明になった。数日後に溺死体として観光客に発見された。

ミシシッピー川は私が学生時代を過ごした場所に流れていた。向こう岸はイリノイ州だった。川幅が広い分、ゆったり水が流れているように見えるけれど、実はものすごい勢いで流れている。しかも川べりに生えている木々は川底で互いの根を複雑に絡み合わせている。流れに飲み込まれたら最後、川底の根に足でもとられようものなら二度と浮かび上がらない。ミシシッピー川は絶対に泳いではいけない川だ。アメリカ人なら常識として知っていたはずなのに、なぜJeffが川に泳ぎ出たのかはわからない。でも彼は死んでしまった。

彼の父であるTim Buckleyも70年代を代表するミュージシャンで、彼は31歳で亡くなっている。息子のJeffは33歳で亡くなった。不思議な因縁だと思う。

ある曲を聴くと、鮮明に浮かび上がってくる風景がある。Jeff Buckleyの歌は、私が学生時代をすごしたアパートを思い出させる。あの部屋の色や匂いまで甦ってくる。The SmithsSonic Youthは当時付き合っていた彼のアパートの風景を甦らせる。Nirvanaは、1枚の毛布と1本のろうそくで彼と過ごした夜を思い出すし、RadioheadBeckは大学を卒業して4年過ごしたLAの派手で無機質で退廃的なSilver Lakeのカフェを思い出させる。

そんなことを思いながらJeffの曲を聴いていたら、久しぶりにアメリカが恋しくなった。帰国して4年目。すっかり東京の匂いに慣れてしまったけれど、アメリカの空気が無性に吸いたくなる時がある。それがたまたま今日だった、という、そんな話。